電波の地獄に勝つ!
プロ仕様 Bluetooth® Auracast™ が切り拓く
次世代の音声送り返し技術
ワイヤレスオーディオの常識を大きく変えようとしている次世代規格「Bluetooth® Auracast™」。1対1のペアリングを不要とし、1台の送信機から多数の受信機へ同時に音声を届ける新しいブロードキャスト方式が、放送制作現場に何をもたらすのかを解説します。
はじめに
ワイヤレスオーディオの常識を大きく変えようとしている次世代規格「Bluetooth® Auracast™」。従来のBluetoothが基本としてきた1対1のペアリングを不要とし、1台の送信機から多数の受信機へ同時に音声を届ける新しいブロードキャスト方式である。
この技術は、空港や劇場、美術館などの情報配信用途だけでなく、絶対に失敗が許されない放送制作現場においても大きな可能性を秘めている。本稿では、Auracastの技術的背景とその特徴、そしてプロフェッショナル用途における実用性について紹介する。
Bluetooth®技術の進化とAuracast™の誕生
Bluetooth技術は2000年代から広く知られており、ワイヤレスヘッドセットやスピーカーの音声伝送技術として広く利用されてきた。しかし、消費電力や接続方法の面で多くの制約があった。
2010年に登場したBluetooth Low Energy(BLE)は超低消費電力を実現し、IoT機器の普及を大きく後押しした。その後、Bluetooth 5.0では通信距離や通信速度が大幅に向上し、無線通信技術としての完成度を高めていった。
そしてBluetooth 5.2では、新世代オーディオ規格「LE Audio」が導入された。高効率コーデックLC3と、新しい同期伝送方式であるLE Isochronous Channels(LE ISOC)が採用され、Auracastの実現を可能にした。
Auracastでは、送信機が一方向に音声を放送し、受信機はその放送を選択して受信する。まるでラジオ放送のような仕組みにより、多数のユーザーが同時に同じ音声を聴取できる環境を実現している。
LE Isochronous Channelsが実現する高精度な同期伝送
Auracastを支える重要な技術がLE Isochronous Channels(LE ISOC)である。
従来のデータ通信では、パケットが失われた場合に再送を行うことで信頼性を確保していた。しかし音声伝送では、過度な再送は遅延や再生タイミングの乱れを招く。
LE ISOCでは、一定のタイミングでデータを送ることを優先し、リアルタイム性を重視した設計が採用されている。これにより、複数の受信機間で極めて高い同期精度を維持しながら音声配信を行うことができる。
また、AuracastではPeriodic Advertising(PA)を利用することで、従来必要だったペアリング作業を不要としている。受信機は周囲の放送を自動的に発見し、利用者は一覧から目的のチャンネルを選択するだけで音声を受信できる。
さらにAuracastは複数の音声ストリームや多言語配信にも対応しており、同時通訳やイベント向けサービスなど幅広い用途への応用が期待されている。
電波の混雑環境を乗り越えるBluetooth®の強さ
展示会場やスタジアムなどの大規模施設では、多数のWi-Fiアクセスポイントや無線機器が同時に動作している。こうした環境では電波干渉が大きな課題となる。
Bluetoothが高い信頼性を維持できる理由のひとつが、適応型周波数ホッピング(AFH:Adaptive Frequency Hopping)である。
Bluetoothは2.4GHz帯の複数チャネルを高速に切り替えながら通信を行う。さらにAFHは混雑しているチャネルを自動的に回避し、利用可能なチャネルを動的に選択することで安定した通信を維持する。
ネットワークごとに通信タイミングやホッピングパターンが異なるため、同じ周波数での干渉が長時間継続する可能性は極めて低い。この仕組みにより、混雑した無線環境においても高い通信品質が維持されている。
さらに、ヒビノ株式会社販売のNHKテクノロジーズの放送制作向けシステムでは、高出力設計と最適化されたアンテナ構成を採用している。加えて、放送機器との接続を考慮し、XLR入力などのプロフェッショナル用途に適したインターフェースも備えている。
放送現場が求める低遅延性能
放送制作において遅延は非常に重要な要素である。
演者への指示出しやカメラマンへのキュー送りでは、音声が遅れることで現場オペレーション全体に影響を与える可能性がある。
このAuracastシステムでは、用途に応じて複数の遅延モードを選択できる。独自の低遅延モードでは約40ms程度の遅延を実現し、一般的な指示用途では約60ms、高音質モードでは約90ms程度の動作が可能である。
これらの性能は、LC3コーデックの高効率処理と、厳密な時間同期制御によって実現されている。
また、受信機は必要なタイミングだけ受信回路を動作させることで消費電力を大幅に削減している。この仕組みにより、長時間運用と高い通信性能を両立している。
BroadcastAsiaで実証された実用性
その堅牢性を国際的な舞台で検証したのが、2026年5月にシンガポールで開催されたアジア最大級のテクノロジーフェスティバル「Asia Tech x Singapore(ATxSG)」の一部として開催された放送・メディア技術展「BroadcastAsia」での実地テストである。
この検証ではNHKテクノロジーズが実施し、ヴィレッジアイランドが展示環境および技術面で支援を行った。
テスト環境は、多数のWi-Fiアクセスポイントや無線機器が密集する極めて厳しい電波環境であった。しかし、本システムは展示ホール全域において安定した音声伝送を維持し、会期中を通じて実用上問題となる音声途切れは確認されなかった。
開場前に行われた評価では、隣接ホールまで十分に到達する伝送能力も確認されており、多くの放送関係者やエンジニアから高い評価を得た。
特に、一人のディレクターの指示を多数のスタッフへ同時に配信する「音声送り返し用途」において、その有効性が強く認識された。
おわりに
Auracastは、従来のBluetoothが抱えていた接続性や拡張性の制約を大きく改善し、新しいワイヤレスオーディオの可能性を切り拓いている。
多数の受信機への同時配信、高い同期性能、優れた耐干渉性、そして低遅延という特徴は、一般消費者向け用途だけでなく、放送制作やイベント運営といったプロフェッショナル分野においても大きな価値を生み出す。
今後さらに対応機器が増加し活用の幅が広がることで、Auracastは次世代の音声配信基盤として重要な役割を担っていくことになるだろう。
NHKテクノロジーズ株式会社
メディア技術本部 TD・システム部
鈴木 英行
株式会社ヴィレッジアイランド
代表取締役社長
ヴァンドルプ ミカエル
株式会社ヴィレッジアイランド
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